自らのレーベルを立ち上げ、約3年ぶりに発表となるbonobosのニュー・アルバム『オリハルコン日和』。しなやかなグルーヴとぬくもりに満ちたサウンド・メイキングは、ヴァラエティに富んだゲスト・ミュージシャンを迎えさらに多様性を増し、なによりメンバー自身も確信しているように、歌本来の大きな力がくっきりと伝わってくる仕上がりに。日常を美しく彩る音楽は、自らの生活を大切にすることから生まれるのだということ、そしてその場所から生まれる音楽こそが僕たちの暮らしを豊かにしてくれるのだということを、あらためてbonobosは教えてくれる。そんなとっておきの作品について、ヴォーカル/ギターの蔡忠浩と、ベースの森本夏子に話を聞いた。

Interview & Text : Kenji Komai
Photo : Ryo Nakajima (SyncThings)


■蔡忠浩・森本夏子 インタヴュー

――昨年12月のツアーの後、ギターのコジロウさんの脱退が発表されましたが、その時点ではアルバムの構想というのはあったのですか?

蔡:
去年の10月くらいに曲を書き出したときはトータルでこういう雰囲気っていうのは、ほとんど考えてなかったです。今回は僕の作る楽曲で構成したいなという気持ちがあったので、それまでの作り方と比べると、バランスをとるために外に目線を配るということは少なくなって。目の前にあるメロディや言葉をしっかり作っていこうというモードに切り替わりました。


――コジロウさんは「Thank You For The Music」をはじめ、ギタリストとしてだけでなくソングライティングの面でも重要な役割を果たしていましたが、不安はありませんでしたか?

蔡:
うーん、同じ時期にレコード会社を移籍したり、制作陣のスタッフが入れ替わったりしたので、僕的にはあんまり。


森本:
すごく自然な流れというか……。突然という感じでもなかったので、そんなに動揺もなかったです。


蔡:
たぶん聴いてくださる方はわかると思うんですけれど、コジロウと僕はすごく近いところもありますし、完全に別の面もあるんです。でも最後のアウトプットが僕なので。歌うことってすごく身体的だから、普段自分が使う言葉じゃないと表現するのがすごくたいへん、というのがずっとつきまとっていたんですけれど、今回はそれがない。以前だったらディレクターが楽曲のバラエティ感とか曲のキャッチーさってことをよく言ってましたので、僕ひとりが曲を書くということを反対されたかもしれませんが、それもひっくるめてこれからは自分たちの思うようにやりたかった。そういう意味では今のほうがやっと(笑)健全というか、心地いい。


――その蔡さんの楽曲でまとめたいという意図も、決して私小説的な作品を作りたいというのではなくて、本来ある自由な方法を取り戻したいという気持ちからなんですね。

蔡:
そうなんです。私小説的に自分の世界だけでっていうんだったらすごく閉じたものになりますけれど、そこはしっかりポップミュージックとして成立するものを、というのを僕なりにすごく意識して、もういちど原点に戻るというか、贅肉をそぎ落としてというつもりでやっていました。


――アルバム全体の印象としても、とても開けた感じになっているのは感じました。

蔡:
アレンジがちにならずにというのはあって、自分の好きな歌を自分で気持ちよく歌いたかった。作業自体も、今までは歌詞がすごく遅かったんです。締切があったり、歌入れ直前にできたり、そういう状況だったのが、今回はしっかり曲とメロディがある状態でみんなに聴いてもらって演奏しよう、そうあるべきだなと感じながら進めていました。やっぱりラララ(仮歌)と言葉が乗っているのでは、一緒に演奏しててもリズム感がぜったい変わってきますし、それこそ“か”ということばと“ま”ということばが入ってくるのでは、それだけでも演奏のニュアンスが変わってくる。僕が意味のある言葉を歌っているそのムードはみんな確実に反応してやってくれてました。松井はちょっと野性的なので違いますけれど(一同笑)、彼の場合はそれがすごくいいところだし。


森本:
制作の現場が今までとぜんぜん違って、雰囲気も自由で、蔡くんがすごく生き生きしていて。ZAKさんが録音をしてくれたんですが、歌詞もあったから本気歌とリズムテイクを一緒に録ることがすごく新鮮で、力強くて引っ張られていきました。いい録音ができたと思います。


蔡:
「icon」とかはホーンをのぞいては全員スタジオにギュウギュウになって(笑)一発録り。「夏至にトカゲは」も歌がヨレていたりするんですけれど、いいんですよね。


森本:
「夏至にトカゲは」は緊張した(笑)。でもどの曲も思い詰めることなくレコーディングできました。


――ゲスト・アーティストも個性的な方ばかりですね。

蔡:
「sense of love」は(野村)卓史くん(グッドラックヘイワ)のピアノが入って、彼の色がすごくいい方向に転んでキャラが出てきたんです。辻村くん(豪文/キセル)もハナレグミのライヴで観てからずっとやりたかった。辻村くんとは同い年だし、そういう歳の近いミュージシャンとわいわいやりたいなと思っていたのが実現しました。


――作詞については、ホームページで蔡さんが短歌からインスピレーションを受けたと書かれていましたが?

蔡:
歌詞を書いていくうちに言葉のことをより深く考えるようになって、歌の歌詞とは違う言葉の世界をすごく見たいと2、3年くらい前からいろいろ読んだりしていたんです。短歌の言葉の結びつきは非常に音楽的でもあるし、映像的でもありますし。たぶん日本でいちばん古い詩の形態なんですよ。なので日本語の持つリズムの本来の形があるような気がしているんです。読んでいるうちに、使い慣れている言葉でも並びが違うだけですごい新しいイメージや響きになる、というのを発見して。だから今回も、心のなかや頭のなかにあることをただ文章的に書いていくのではなく、言葉と出会いながらより直接的にイメージを伝えられないかなと書いていました。言葉がそれぞれ引き合ったり、自分の前に突然ポッと現れたりするという体験を作詞をするときに活かすという感じです。楽しいんですよ、言葉と再び出会い直すというのは。そういう助走というのが僕のなかではすごく大事で、絵画でいうと、油絵をいきなり絵の具で描くのではなくて、相当な量のスケッチを重ねていって最後にキャンバスに描くような。今回ようやくその手がかりが少しずつ出きたなと思っています。


――『オリハルコン日和』は、bonobosが活動以来注目されてきた、レゲエやダブを中心にした様々なリズムへのアプローチが前面に出てくるというよりは、歌が飛び込んでくる感じですよね。例えば「sense of love」に“美しい大便器の水の中にある光”っていう表現がありますけれど、こういったあまり歌詞に出てこない言葉でも、見事にbonobosの世界になっています。

蔡:
それは自然と風景が浮かぶものを目指していった、僕としてもクリティカルヒット的な曲で。一昨年から原型みたいなものはあったんですけれど、だいたいの人にちょっとこれは……って言われて。P-VINEに決めたのも、この曲のこの部分がいいって言ってくれたのがきっかけです(笑)。


森本:
ヴォーカルの人が自分の作った言葉で歌うっていうのはほんとうにいいことなんだなって実感しました。それに、音楽に乗ってこその歌詞というのもありますけれど、今回はそこから離れて、歌詞だけでも独り立ちできて読めるいい歌詞だなと思います。


――bonobosの音楽には内的な世界から開放的な祝祭感まで多岐にわたる世界がありますが、今作はよりみなさんの日常に近い光景が、とても親近感を持って迎えられる気がします。

蔡:
どうなんでしょうね、あんまり押しつけがましくないからじゃないですか?でも直接メッセージを伝えるという感じではなく、風景描写だったり言葉と言葉が結びついてそこに生まれる新しいイメージを作っていくので、みなさんどう聴いてもらえるのか楽しみです。非常に自由に音楽をやれている今の気分、自分の暮らしぶりというか、気持ちよく暮らせている感じっていうのが素直に出ているんじゃないかな。


――ORANGE LINE TRAXXX(中央線の意)というレーベル名からも、そんな自分たちの暮らしから新しいものを生み出していこうという気概が感じられます。

蔡:
好きなんですよ、中央線の感じが。関西人も多かったり(笑)、不思議な居心地の良さがあって。大阪に比べると、吉祥寺とか町中からちょっと行けばあんなおおきな公園があるとか、落ち着きますよね。


――さて新たな体制で動きだして、これからがほんとうに楽しみですね。

森本:
ようやく自分たちの好きな環境で自由に作品を作れて、やっとbonobosでしかできない音楽ができた。だからいまのbonobosは敵なしというか、この4人でしかできない音楽になれたなって。ツアーも無敵のツアーにしたいです。


蔡:
忙しくはありますけれど、ひとつひとつに責任を持って丁寧にできているので、それはとてもいいことだなと思います。



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