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年末特別企画としてお送りするこの企画は、人気バンドのギタリスト3名に集っていただき、ギターとの出会い、それぞれのギター、あるいはバンドに対する熱い想いを思う存分語っていただくというもの。今回はFRONTIER BACKYARDのKENZI MASUBUCHI、BRAHMANのKOHKI、the HIATUSやFULLSCRATCHで活躍するmasasucksの3人に集っていただき、忘年会ムードでお酒を飲みつつたっぷりと語っていただきました!!


Interview:New Audiogram
Photo : Ryo Nakajima (SyncThings)
<ギタリスト酔いどれ忘年会 -前編->
さっそくですが、そもそものはじまりと言いましょうか、みなさんとギターとの出会いから振り返っていきたいと思います。さっそくmasasucksさんからお話いただきましょうか。はじめてギターと出会ったのはいつでしたか?
えー、かなり遡るんんですけれど。かなりガキの頃、僕には姉がふたりいるんですけど、どっちも音楽が好きで。で、ある日、テレビで男闘呼組が「TIME ZONE」かなんかを演奏していて、それにあわせて姉のテニスのラケットを使ってギターの真似をやったら、お茶の間が思いのほか盛り上がって。それが最初やったと思います。
ギターを弾いてお客さんを喜ばせることの楽しさをそんな時期から憶えてしまったんですね(笑)。
そんなたいそうなものではないんですけど、その出来事はなんかよく憶えていて(笑)。
そこから本格的にギターにのめり込むまでにはまだだいぶ時間がかかりますよね?
そうっすね。もう少し経ってからですね。ギターが欲しいって言ったら、おかんが近所のおばちゃんからYAMAHA(?)のアコギを貰ってきてくれて。チューニングもできなかったけど、それでポロンポロンやりだしたのが最初ですかね。
わかるその感じ(笑)。近所のおばちゃんとかさ、何故かギターを持ってるんだよね。
あれはなんでだろな? たしかになぜかフォーク・ギターとか持っているよね。なんかそういう世代なのかな(笑)。
はははは。その近所のおばさんから頂いたアコギがエレキに変わったのはいつ頃だったんですか?
近所の商店街に当時まだ新しい存在だったCDレンタルのお店ができて、そこでMichael Jacksonだったり、VAN HALENだったり、その当時、流行っていた洋楽のヒット曲を借りて聴くようになり、並行して雑誌『BANDやろうぜ』とかも読んだりしていて、それでエレキにどんどん興味が沸いていった感じですね。ガーンってデカい音を出してみたいなと。
最初にエレキを買ったのは何歳の時だったんですか?
高校1年だから16歳のとき。1万5千円のBill Lawrenceでした。
お、オレも高校の時にBill Lawrenceを使ってたよ。最初は何を弾いていたの?
普通にSEX PISTOLSとかTHE JAMとかTHE CLASHとかのコピーを。
ちなみにマサは実家ってどこだっけ?
大阪です。
なるほど。やっぱ話がどこか都会っぽいよね。
……大阪。
何か?
いやオレさ、最初に大阪の店の通販でギターを買ったんだけど、その時にエライ目に遭ったんだよ。
セットみたいなやつを買ってとかですか?
いや。パチモンだったのよ(笑)。
パチモン(笑)?
布袋モデルの安いやつあったでしょ、模様がないやつ。FERNANDESのTEJ-45ってやつなんだけど、布袋モデルってもっと高いのとかいろいろ種類があるんだけど、高いのは買えないから、いちばん安いモデルね。それでも当時の自分には高かったけど、なんとか買ったのよ。で、お金を振り込んだのに、1ヶ月経っても送られてこないんだよ。電話して聞いたら、大人気で在庫がないってことそのタイミングで言われて、その代わりに変なメーカーのギターを紹介されてさ、もうそれでいいやって。
結局、それにしちゃったんですか?
そうだよ。
爆笑。
でも友達なんて、逆に2ランクぐらい上のGRECOのギターが送られてきてさ、でもネックとか錆まくってんの。でもその当時はそんなことわからないから、「わ、得した!」みたいな感じだったけどさ(笑)。よくよく考えたら、かなりいい加減な店だなって。
布袋モデルと言えば、最近ツアーで地方に行った時に、一緒にいたCUBISMO GRAFICO FIVEのベースの(村田)シゲがHARD OFFでまさにそのFERNANDESの布袋モデルを買ったの。で、さっそくそれを借してもらってJC(ROLANDのギター・アンプ)で出したら、ちゃんとあの音が出るのね(笑)。あれはちゃんといいギターだなって思った。
オレ、まだ持ってるもん。
本人のサイン貰ったんでしょ?
そうそう、やっぱきっかけだからね。
KOHKIさんはギターとの出会いは、いまお話に出ていたFERNANDESのTEJ-45ということなんですか?
本当の最初はマサと同じように、中学1年の時に親戚のおばちゃんから「エレキは非行のはじまりだから」ってアコギを貰ったのが最初かな。
やっぱりおばさんルートですか(笑)!
そうそう。で、さっきの騙されたエレキの話は中学2年の頃だったと思う。とにかく小学生6年生の頃くらいから、人前で何かやってみたいなってずっと思っていて。
KOHKIってそういうタイプだったんだ(笑)?
そうだよ。当時スケボーも流行ってたし、光GENJIのヴィデオを見て振付を憶えてみたりもしたし……でも全部挫折して(笑)。そんな時に近所の兄ちゃんがBOOWYのカセットテープを聴かせてくれて、おおこれいいじゃん! と思って。で、なぜかすぐにギターに目がいった。
あの頃の関西は、BOOWYか矢沢永吉かX(当時のX JAPAN)みたいな感じがありましたよね。
そうだね、矢沢永吉というかCAROL(矢沢永吉、ジョニー大倉、内海利勝、ユウ岡崎によるロック・バンド。1972年にデビュー、1975年解散。3年という短期間ながらシーンに絶大なインパクトを残した)ね。
中学生がCAROLのカヴァーとかやってるわけ?
オレがカヴァーしてたのは高校の時。
ちなみに最初はどんな曲から練習してたんですか?
いきなりBOOWYは難しかったから、THE BLUE HEARTSとか。中学生になるとだんだん悪そうな音が好きになってきて、パンクとかも聴きだしたりして、LAUGHIN' NOSEとかCOBRAとかコピーしたりね。
ああ、なんかその感じよくわかる。
KENZIさんはどんな感じでしたか?
僕は兄の影響が大きいです。兄貴がドラムをやっていて、家にドラムのセットがあったから、真似して叩いたりしてたけど、THE BLUE HEARTSの「リンダリンダ」の最後のロールみたいなところがどうしても叩けなくて(笑)。で、叩いている顔も気持ち悪いって兄貴に言われたりして、ドラムじゃないなと。
爆笑
ベースも家にあったんだけど、手がうまく合わなくて、ちゃんと弾けず。で、ピックで弾けるからギターがいいなって、最終的にギターになった。最初に手に入れたギターは、やっぱり友達のお母さんのギターだった(笑)
そこは全員一緒ですね(笑)!
すごいね(笑)。で、エレキはいつだったの?
いつだったかなあ。オレもLAUGHIN' NOSEとかコピーしてたんだよね。で、アコギじゃ無理じゃん。だから宇都宮の楽器屋に行って、最初はストラトを買おうと思ってたんだけど、店員に薦められてレスポールを買っちゃんたんだよね。その店員さんがすごくうまくて、これを買えばこのぐらい弾けるようになるかなって。BURNYのボディが薄い軽い白いレスポール。靴下に3万円づつ隠して、ドキドキしながら楽器屋に行った(笑)。
宇都宮も怖い街なんですね(笑)。
そうだよ。
ちなみに、ギター少年時代のみなさんに影響を与えたギタリストってどんな感じなんですか?
僕はVAN HALENですかね、やっぱり。
お前、あんなの弾けないじゃん(笑)!!
いや、あのアメリカのネオンがビカビカな感じのイメージも好きで。あとVAN HALENとはまた違う意味で布袋さんも好きだったです。
VAN HALENなんてむちゃくちゃ速いでしょ?
あんなには弾けませんけど(笑)。かっこいいなって。
あのバカっぽい感じが好きなんでしょ?
そうっす(笑)。で、中学校でつっぱりはじめると、パンクとか聴くようになるんですけど、VAN HALENに比べたら、なんて簡単なんだって(笑)。
VAN HALEN以降、大きな衝撃を受けたギタリストは?
Paul Wellerとか好きですね。
なんでそういうイメージと違うことを言うんだよ(笑)!
いや、でもそうなんですって。Elvis Costelloとかも好きやったし。
マサはNOFX一直線みたいなイメージ(笑)。
それはもうちょい後のことっす。その頃にアメ村でよく遊んでいたんですけど、"THE BLUE HEARTS NIGHT"とか"PUNK NIGHT"とか、ロックのDJイヴェントがたくさんあって。そこでDJの先輩と知り合いになって、その人に連れていってもらう店で、Hi-STANDARDとかCOKEHEAD HIPSTERSとかがかかっていて、パンクやハードコアも好きになっていたんですね。
 
なるほど。ではそんないろいろを経て、いまいちばん好きなギタリストは?
いまはブルースのミュージシャンとか好きですね。
なんでまたそういうイメージと違うことを言うんだよ(笑)!
なんか腹立つわ(笑)! マサにはGREEN DAYのギターの人が好きとか言ってほしい。
そんな言われたら、なんも言えないですって!
ぎゃはははは! いいよ、いいよ、好きに喋ってください。
いや、でも本当にいまブルースは好きで。Robben Fordという人がおるんですけれど、すごい渋くてかっこいいんです。
KOHKIさんはどうだったでしょうか?
僕は最初のきっかけは布袋さんです。でもその後、特定のギタリストに影響を受けたりというようなことはあまりなかったかもですね。中学の時はパンクが好きで、でもパンクってあまりギタリストって目立てないじゃないですか。だからその当時はギタリストっていう視点で音楽を聴いていなかったですね。友達の影響で海外だとDISCHARGE、SHAM 69とか大好きだったなあ。日本ではやっぱりLAUGHIN' NOSE。そういう意味では、LAUGHIN' NOSEのNAOKI(現SA)さんからは影響を受けましたね。で、高校に入ってから、RED HOT CHILI PEPPERSが出てきて、John Frusciante大好きだった。で、John Fruscianteの影響でJimi Hendrixとかを聴きだして……みたいな。
へえ、そういう風にいくんだ。
そうだったね。田舎だったしさ、スタジオもなかったし、みんな倉庫とか借りて練習したりしてさ。リアルにガレージ・バンドだよね(笑)。大阪なんてスタジオいっぱいあったでしょ?
スタジオはありましたね。
でしょ。おれら倉庫なんていっても場所が限られているからさ、そこの場所を巡って揉めごとが起こったりとかさ、いろいろ大変だったのよ。だからバンドをはじめるってことは、同時に場所も探さなくちゃいけないっていう。
ちなみにCAROLのコピー・バンドをやっていたのはいつ頃なの?
18歳くらい。先輩に脅されて(笑)。
先輩って脅すよね(笑)。
そう。「明日までにこれ憶えてこい!」みたいな感じで(笑)。授業中とかずっとそのことが頭にあるから、ずっとソワソワしてたもん。でもね、CAROLっていいんだよ。内海利勝さん、すごいよ。オレ、内海利勝さんからも影響を受けとるわ。
KOHKIくんがはじめてコピーした曲は何?
THE BLUE HEARTSの「リンダリンダ」、いや「僕の右手」かな。
オレ、最近、THE BLUE HEARTSを全部買ったんだよ。3枚目以降を聴いていなかったから、ちゃんと聴いてみようと思ってさ。やっぱめちゃめちゃかっこいいよ。いまでも最初に「Train Train」を聴いた時の情景を鮮明に憶えているもん。
お、オレも憶えてる! その時の臭いとかも思い出せる!
オレ、その時にプレハブの部屋(自宅の離れ)に住んでいたんだけど、「Train Train」をひとりでじっくり部屋で聴こうと思って発売を楽しみにしてたの。で、いざ再生しようとしたら、なぜかその時に限って親父が部屋に入ってきて、親父と一緒に最初の「Train Train」を聴く羽目になってしまったの(笑)。もう、オレ的にはそれが許せなくて。なんで貴重な「Train Train」を親父と一緒に聴かなくちゃいけないんだって。それですごく憶えてる。てか、忘れられない。
爆笑
この世代だと「Train Train」との思い出がある人って多いかもね。マサの世代だともうないかなあ?
いや、ありますよ。僕はクラスの合唱コンクールで「Train Train」を歌った思い出がありますね。でももう僕の頃には、すでに名曲として、クラスで歌われるような感じになっていたってことですよね。
こうやって聞いていると、年齢的にはちょっとづつしか違わないのに、みんな出どころが全然違うよね。オレなんてMETALLICAとGUNS N' ROSES。極端な話、このふたつだけって感じだもん。はじめてコピーした曲はMETALLICAの「Enter Sandman」だしね。
編集長はPANTERAじゃないの(笑)?
PANTERAはその後。でもPANTERAも最高にかっこよかったよ。
PANTERAはかっこよかったねー。masasucksともいつだったかPANTERAの話で盛り上がったことあったな。
ありましたね、なんかの打ち上げの時(笑)。
いまマサからPANTERAモデルのギターを借りてるし。
ああ、ダイム(PANTERAのギタリスト、Dimebag Darrell)のモデル。Floyd Roseが付いているやつだ。オレ、ダイムのアームをダウンさせて「ワォーン」ってやるやつ、むちゃくちゃ練習したなあ。あれをやりたいがために、オレもダイムのモデルを買いました。青いし、稲妻が入ってるし、見た目もむちゃくちゃかっこいいし。
ではKENZIさんが影響を受けたギタリストは?
オレはTHE TOY DOLLS(英国のパンク・バンド。79年結成。他のパンク・バンドとは一味異なる人を喰ったような独特のユニークな歌詞とポップなサウンドで人気を博す)が大好きだった。で、エレキを買って、半年くらいかかって耳コピでTHE TOY DOLLSを完コピしたの。で、それが人生の中で最もギターを練習した時期だったと思うな。
爆笑。
その時期は、学校行っても、早く家に帰ってTHE TOY DOLLSのコピーがやりたくてやりたくて、他のこと何も手に付かなかった。あとは先輩にBOOWYを明日までに5曲憶えてこいって言われたりとか(笑)。その当時、4つぐらいバンドを掛け持ちしていて、ひとつはTHE TOY DOLLSとジャパコアが混ざったようなバンド、で、BOOWYのコピー・バンド、オールディーズのコピー・バンド……、あともうひとつくらいやってて、いま考えると、いろいろやらされたなあ。
「やらされていた」というところに、何か不気味な存在を感じますね(笑)。
先輩は怖いから(笑)。でもいろいろやらされたのは、そこそこいい経験になったのかもしれない。
僕、16歳の頃にライヴ・ハウスでバイトしていたんですよ。自給500円くらいで。その頃に先輩に言われてやらされていたのが、INFECTIOUS GROOVESとかRED HOT CHILI PEPPERSとか311で。その先輩から憶えてこいって言われて、スタジオに入ったんだけど、その頃はアンプの使い方も全然知らなくて。で、そこには(使い方が)難しいと言われるMESA BOOGIE MKⅢがあって、当然使いこなせるわけがなく、「なんじゃー! その歪みは!」ってその先輩から本気でスティックを投げられたことがあったんです。超ビビって、ロックの人って本当に怖い……って思ったですね。
ちなみにオレ、この1年くらいギターのスクールに通ってんの。
マジで!?
あんまりバンドに関係ないなとは思うんだけど、いろいろ勉強してみたいと思って。別にいまさら理論とか憶えなくても、みんなちゃんとできてるしね。でも感覚でやれていたことが、ちゃんと頭で理解できる面白さみたいなものも確かにあって。たぶんKOHKIとか普通にすごいことやっているんだと思うよ。
やってないさー。
オレ、『ギター・マガジン』で「あなたの尊敬するギタリストは?」みたいなアンケートがあって、それにKOHKIって書いたもん。
マジで?
一番はオルガ(THE TOY DOLLSのギタリスト、Michael "Olga" Algar)で、他10人くらい書くので、KOHKIって書いた。で、それを偶然KOHKIが見つけてくれればなって思って。
それは知らなかったけど、すごく嬉しいなあ。
もうねえ、このふたりは本当に付き合いが長いのよ。
そうね、KENZIがスキャフル(SCAFULL KING)に入る前から知ってるもん。19歳くらいの頃からずっとかな。で、スキャフルの初ライヴの時に、ギターが壊れたからとかで、初対面でオレのところに借りにきたんだよね(笑)。
だははは。その時にGibsonのレスポールを1本しか持ってなくて、それが前日かなんかに、カーテンの近くに置いておいたせいで風にあおられて、折れちゃったんだよね。金もないしって困ってたら、村上(洋一郎:SCAFULL KINGのベーシスト、4106)くんがいい後輩がいるって紹介してくれたのがKOHKIだった。すげえ、いいヤツだなって(笑)。
いいお話ですよ。
 
ではここでちょっと真面目な質問なんですが、みなさんそれぞれバンドでギター弾くことにどんな意味、使命を感じていらっしゃいますか?
これまたパンチのある質問ですね(笑)。……そうですね、これに関しては、質問に相反する答えかもしれないですが、僕はギタリストである前にバンドマンであるという気持ちのほうが強かったりするので、やはりバンドがあってこそ自分の役割もあると思っているので、個のギタリストとしての云々というのはあまりないです。僕はギタリストではなくバンドマンですね。
でもパートは紛れもなくギターじゃん。
そうです。でもやっぱりバンドマンですね。
KOHKIさんはどうですか?
オレもバンドマンです。
爆笑。
正直、自分がバンドマンであるとかギタリストであるとか考えたことがないですよね。ただ自分が所属するバンドにとって、代わりのきかない存在でいたいと思う。誰でもできるんだったら、自分がそこにいる意味がないから。バンドでやったときに、自分が参加することで、何かの化学反応が起きるような感じじゃないと面白くないと思う。……いま自分で化学反応って言っちゃったけど、なんか恥ずかしい。
だははは、ケミストリー(笑)。
みんなバンド・マジックようなものを知ってしまったんだと思うよ。1+1が2ではなく、10にでも1000にでもなるようなバンドのミラクルというか。その楽しさ、気持ち良さを知ってしまったんじゃない。
そうだね。
KENZIさんはどうですか?
みんなと同じですね。ただ職質とかされたときに、なんて答えるべきか考えるんですけど、オレはなんて答えればいいのかって。普通の人よりもちょっとだけギターが得意な無職みたいな感じだからさ。オレ風情がギタリストって言っていいのかどうかみたいな。
みなさんのバンドにはとても存在感のあるヴォーカリストがいますよね。そのバンドでギター弾くにあたり、意識していることってどういうことですか?
オレは何も考えてないです(笑)。the HIATUSはたしかに細美武士という圧倒的なヴォーカリストがいますけど、だからといって他のメンバーがバック・バンドということでは全然ない。やっぱり紛れもなくバンドなんやと思います。ちゃんとバンドのケミストリーが起こってます(笑)。
ケミストリーって言葉使うのもうやめて(笑)。なんか他にいい言葉ないかな。
いまの質問に関していえば、本当にあまり考えてないですね。
そうだね。バンドの中にいることがあまりに自然なことだから、改めて考えたりしないですね。
KOHKIさんはいかがですか?
僕もあまり考えてない。
そういうものなんですね。
僕らの場合は、ですけどね。
お互いのプレイを見たことは何度もあるかと思いますが、それぞれどのような印象をお持ちですか?
KOHKIくんに関しては、とにかく自分があんな音出せたらめちゃくちゃ最高だろうなって音を出す人。KENZIさんはメジャー・セヴンスとかマイナー・セヴンスの音が本当に艶っぽくてかっこいい。すごく綺麗に聴こえてくるんです。僕の場合、9割以上雑音だから(笑)。
KENZIは上手いよねえ。10年前くらいにKen(Yokoyama)くんが家に遊びに来てくれたときに、「KENZIはいいよ! KENZIはいいよ!」ってすごい絶賛していた。オレのことは何も言ってくれなかったけど(笑)。
KENZIさんの弾くギターって、とにかく綺麗に聴こえますよ。MESA BOOGIEってあんな音でんねやって。ほんとリスペクトしてます。
KENZIでも間違ったりするの?
間違ってばっかりだよ。
全然わかんないっす。
オレなんて3分に1回は間違ってるからな……。
オレは2小節に1回間違えます(笑)。KOHKIさんは会うたびに、右手の細かく刻むやり方をどうやんのって訊いてくるんですよ(笑)。
10年ぐらいやってるけど、全然できない。
それ、オレにも訊いてくるよね(笑)。KOHKIは他の誰にも真似できないギターを弾いてんだから、その細かいやつに関してはもういいじゃんってずっと言ってんだけど。
アイディアもすごいし。あと何よりも、ステージに上がったときのあの佇まいというか。身長もあるし、照明が当たった瞬間のかっこよさがハンパない。見ちゃうんですよ。
いやー、ね。でもギターってすべてが完璧な人っていないじゃん。それぞれ得意不得意な分野があるというか。でもマサって、いい意味でのオールラウンダーな感じがする。すごいナチュラルというか。
オレもこの前の"RUSH BALL 2010"の時にthe HIATUSのライヴを観たんだけど、マサがめちゃくちゃかっこよくて。派手に動いたりするわけじゃないんだけど、存在感がちゃんとあって。だからこそちょっとした動きがすごく映えるというか。
おおお、なんかアガるっす! 先輩方、ありがとうございます(笑)。
この後はさらにみなさんの使用機材にフォーカスしてお話をしたいと思います!
 



※鼎談はまだまだ続きます。この続き(3人の使用機材に迫ります!)は新年公開の第2部にて。

3人のギタリストから全員サイン入り色紙と使用済みギター・ピックのセットを3名様にプレゼント!
今回の鼎談に参加してくれたKENZI MASUBUCHI(FRONTIER BACKYARD)、KOHKI(BRAHMAN)、masasucks(the HIATUS / FULLSCRATCH)3人の全員サイン入り色紙と使用済みギター・ピックのセットを抽選で3名様にプレゼント! ご希望の方は下記のリンクから・住所・お名前・年齢・電話番号・この記事やNew Audiogram全体についての感想を記入の上、メールをお送りください。
締め切り:2011年1月30日

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