EDITOR'S CHOICE:エディターたちが厳選した最新レビュー!

LIVE REVIEW

フィッシュマンズ "A Piece Of Future"

2011.5.3 (tue) @ HIBIYA YAGAI ONGAKUDO, Tokyo

 雨だった。地下鉄の出口に辿り着くまでは奥田社長の言葉が頭の中を行ったり来たりしていた。「(佐藤くんが亡くなって随分経つのに)彼の音楽はどんどん大きくなっていく」。改札を抜ける頃には、その大きさは具体的に野音のサイズと重なっていった。地上に出てみると、雨は一向に止む気配を見せず、少しずつ期待感は萎み始めた。五月とは思えない冷たさも手伝って、同じように容赦なく雨が降り続けた日のことを思い出させた。佐藤伸治のお葬式も暗く翳った1日で、雨雲はいつまでも頭の上からどいてくれなかった。

 受け付けに着くと、まだ会場前だというのに村上隆が「もう待ちきれなくて」といってすでに落ち着きを失っている。あまりもそわそわウズウズしているので、一度、萎みかけた期待感がまた膨らみ始める。この人は天性の演出家なのだろう。昔の話や最近の話などをひとくさり。『ライヴ@ドミューン』のジャケットはZAKから連絡があって一晩で作業したという。さらには顔見知りに次から次へと出会ううち、どんどん楽観的になってきて、雨もそのうち止むだろうと高をくくり始めた。『宇宙語 日本語 世田谷語辞典』を一緒に作ったテンコちゃんもかなり久しぶりだった。

 座席に辿り着くとまた雨が強くなってきた。雨合羽では下半身を覆いきれず、早くも足が濡れそぼってくる。時間になってもバンドはステージに現れない。雨合羽が視界を制限し、聴覚を曖昧にするので、それこそ「まるで魚になった気分だ」った。アイム・フィッシュ!

 同時試聴で2万人を超え、のべでは9万人が観ていたという『ライヴ@ドミューン』の日、僕は、実はそれほど期待はしていなかった。佐藤伸治がいないフィッシュマンズはいつも僕に複雑な気分を抱かせ、その気持ちをうまく解決できたことはなかった。不在を強く印象づけられることは仕方がない。それをいってもしようがない。何を聴いているのか。過去か、現在か。自分がどっちにも徹しきれないだけだろう。とはいえ、ドミューンでフィッシュマンズがライヴをやると聴いた時はなるほどという感じがした。ドミューンが送り出してきた音楽の系譜が期待感を煽るともいえる。組み合わせの面白さがあることは確かである。

 ドアを開けると、そこはいつものドミューンではなかった。普段ならお客さんが詰め掛けているスペースに楽器と機材が山と詰まれ、人が立っているスペースはなかった。時間もない。ストリームがつながらず、最初から全部やり直しだと宇川直宏が指示を出す。文字通り、スタジオ内は殺気立っている。茂木欣一が場の空気を和ませるように柔らかい空気を運んでくる。ほどなくして宇川くんがカウントを出し始める。始まった。
 かつてなくバンドが間近で演奏をしていて、すぐ横でZAKがミキシングをしていたということもあるだろう。でも、僕の耳に、その日のフィッシュマンズはあまりにも違って聴こえてきた。それまで僕は佐藤伸治の書いた曲は時代と深く結びつくことができたから普遍性と呼べるようなものを得ることができたのだと考えていた。その日のフィッシュマンズも強く普遍性を感じさせるものだったけれど、その感触がどうも違うような気がした。1曲、1曲が体内に浸透してくる必然性があり、佐藤伸治の手を離れた曲が違う文脈で生きているとしか思えなかった。川崎大助著『彼と魚のブルース』(河出書房新社)で示唆されていたように、できあがった曲が作家性に囚われることなく、ひとり歩きを始めたという印象が強かった。終わってから水越真紀と議論しているうちに彼女が決定的なことをいった。「地震で何を失ったか、それがよくわかったんじゃないかな」と。フィッシュマンズがこだわり続けた日常がどれほど僕たちにとって大切で愛しいものだったか、それを思い知らされたのが、あのライヴだったのではないかと。地震がなければこんなことは感じなかったかもしれない。あの日以来、「目的はなにもしないでいること」というわけにはいかなくなってしまった。それはもはや90年代のフィッシュマンズではなかった。時代の変化のなかでフィッシュマンズ自体も無意識に生まれ変わってしまったのかもしれない。過去か。現在か。フィッシュマンズを聴く僕の態度ははっきりした。

110510_fishmans_08.jpg
110510_fishmans_05.jpg

 ようやくメンバーがゾロゾロとステージに姿を現した。「ゴメンね、雨が降っちゃって」と欣ちゃんが軽くコメントし、オープニングは「I DUB FISH」。僕の位置からは欣ちゃんが見えなかったので、最初はZAKが佐藤伸治の声をテープで出しているのかと思っていた。カントゥスがコーラスを付けている姿はよく見えたので、テンポが上手く合うものだなーと感心しつつ。ハナレグミが飛び出してきて「MAGIC LOVE」。彼の歌を始めた聴いたのは同じく野音で行われた「闘魂」のオープニング。その時、一度だけ聴いた曲が僕はいまでもなぜか歌えたりする。MCをはさんで原田郁子「エヴリデイ・エヴリナイト」、七尾旅人が「頼りない天使」と「感謝(驚)」と続き、もう一度、原田に戻って「IN THE FLIGHT」はかなりアレンジを変えている。さらにハナレグミに戻って「WALKING IN THE RHYTHM」。曲の後半部でアクロバティックな演奏に突入するあたりは懐かしい展開。雨と寒さのせいでなかなか曲に集中できないせいか、ドミューンで感じていたような気分は煽られず、むしろノスタルジーへと引き込まれていく。佐藤伸治がステージに立っていると、何もしていないのにユーモラスなムードが漂い始めたものだけれど、今夜はやはり真面目に過ぎる印象は拭えない。原田郁子の体の動きがふわふわとしていて、少し和んでいると、続いてまったく対照的なヴォーカルが歌い出した。相対性理論からやくしまるえつこが「BABY BLUE」と「Just Thing」を連唱し、まったくフィッシュマンズ風ではなかったために一気に現在へと飛ばされた気分に。ピクリとも動かず、無表情で通すやり方は、誰のステージに上がっても同じなんだろうけれど、心中を仄めかしているとしか思えない「BABY BLUE」がまるで冗談のようにしか聴こえず、「Just Thing」から決然とした気分が抜け落ちて、冷たく凍りついたように響く展開には思ったより耳が引きつけられてた。ドミューンの七尾には賛否両論もあったみたいだけれど、ヴォーカリストが曲の意味まで変えて伝えるという技量にはやはり驚かざるを得ない。佐藤伸治が生きていたとしても、きっと同じようには歌えないだろうということも含めて。

110510_fishmans_06.jpg
110510_fishmans_07.jpg
110510_fishmans_04.jpg

 節電のつもりなのか、あまり照明をつけてくれないので、ステージを見上げても廃墟のように見え、寒さが倍増して感じられる。むしろ足元に溜まった水溜りに青い照明が写り込み、いろんな形に変化するのが楽しかった。青い光が、そして、13という数字に見えたりして、今日が13回忌であることを改めて思い出す。13はすぐに崩れてどこかに散ってしまう。ふわ~っというイントロだけで大きな歓声が上がる「ウェザー・リポート」に続き、録音されたばかりの「A PIECE OF FUTURE」をスチャダラパーからMCボーズや小山田圭吾らを交えて大人数で。まだ演奏しなれていないのか、構成が複雑だからか、ちょっと散漫な印象が残るも、それも含めてフィッシュマンズが現在形を歩もうとしていることが伝わってくる。この調子で「くつ下」とか「おとなしかったのに」など、レコーディングしていなかった曲もかたちにしてくれればいいのにな……(「それはただの気分さ」のロング・ヴァージョンとか!)。

110510_fishmans_03.jpg
110510_fishmans_02.jpg
110510_fishmans_01.jpg

 最も新しい曲から最も古い曲へ。茂木欣一が歌う「ひこうき」。今度は欣ちゃんの声に聴こえる。ハナレグミ「いかれたベイビー」から七尾「ナイトクルージング」でエンディング。この3曲に現在を感じることは難しかった。僕も抵抗なくノスタルジーに浸りまくる。雨合羽の質がよくなかったのか、全身に雨が染み透ってしまった友人たちは限界だといって諦めて帰っていく。頭が濡れてもクリアーに音を聴きたいと思った人たちは頭だけずぶ濡れで、まだなんとかがんばっている。アンコールして欲しいような、して欲しくないような…と思って、ステージを睨んでいるとメンバー紹介に続いて茂木「SEASON」、原田+七尾「新しい人」、全員で「チャンス」と続いた。最後の最後まで選曲がよかった。そう、これが晴れだったら、どんなにいい1日だったことか。クソー、とりあえずトイレに走らないと……もう限界だ……

Text : Itaru W. Mita
Photo : Kazuhiko Tanaka

-Set List-
01. I DUB FISH
02. MAGIC LOVE
03. エヴリデイ・エヴリナイト
04. 頼りない天使
05. 感謝(驚)
06. IN THE FLIGHT
07. WALKING IN THE RHYTHM
08. BABY BLUE
08. Just Thing
10. 土曜日の夜~Smilin' Days, Summer Holiday DUB MEDLEY
11. WEATHER REPORT
12. A PIECE OF FUTURE
13. ひこうき
14. いかれたBaby
15. ナイトクルージング

-Encore-
16. SEASON
17. 新しい人
18. チャンス




フィッシュマンズ OFFICIAL WEBSITE
FISHMANS +


Warning: include(): http:// wrapper is disabled in the server configuration by allow_url_include=0 in /home/users/1/newaudiogram/web/newaudiogram.com/editors/livereview/131112027.php on line 123

Warning: include(http://www.newaudiogram.com/editors/livereview/right.php): failed to open stream: no suitable wrapper could be found in /home/users/1/newaudiogram/web/newaudiogram.com/editors/livereview/131112027.php on line 123

Warning: include(): Failed opening 'http://www.newaudiogram.com/editors/livereview/right.php' for inclusion (include_path='.:/usr/local/php/7.4/lib/php') in /home/users/1/newaudiogram/web/newaudiogram.com/editors/livereview/131112027.php on line 123

Warning: include(): http:// wrapper is disabled in the server configuration by allow_url_include=0 in /home/users/1/newaudiogram/web/newaudiogram.com/editors/livereview/131112027.php on line 126

Warning: include(http://www.newaudiogram.com/editors/livereview/bnr_livereview.php): failed to open stream: no suitable wrapper could be found in /home/users/1/newaudiogram/web/newaudiogram.com/editors/livereview/131112027.php on line 126

Warning: include(): Failed opening 'http://www.newaudiogram.com/editors/livereview/bnr_livereview.php' for inclusion (include_path='.:/usr/local/php/7.4/lib/php') in /home/users/1/newaudiogram/web/newaudiogram.com/editors/livereview/131112027.php on line 126