2012.10.16 (tue) @ Setagaya Public Theatre, Tokyo
10月3日にリリースされたおおはた雄一の約2年半ぶりの新作『ストレンジ・フルーツ』を聴いていると、頭の中に浮かぶ風景が次々と変わり、旅をしている気分になる。まるでスケッチするように、そこにある風景、感覚をそのまま歌、メロディーに置き換えたような楽曲たちが生き生きと息づいているアルバムだ。
この日の世田谷パブリックシアター公演では、アルバム同様、ドラム・芳垣安洋(ROVO、Orquesta Libre等)、ベース・伊賀航(細野晴臣、lake等)の2人をサポートに迎え、新作の曲を中心に演奏された。静かな劇場に拍手が響くなか始まったのは、ボブ・ディランの日本語カヴァー「くよくよするなよ」(原題:Don't think twice, it's all right)。心地よいアコースティックギターと口笛の音色が広々とした会場に響くと、それまで客席に漂っていた緊張感は徐々にほぐれ、バンドが生み出すグル―ヴが会場を満たしていく。
一方で、アルバムタイトル曲「ストレンジ・フルーツ」「窓は鏡」など、ささやくような歌声とごく小さな音で演奏される楽曲も印象的だ。音と音、歌と歌の間に漂う静けさがその楽曲を浮き上がらせる。芳垣と伊賀に「自分勝手に弾き語るように歌いたい」と伝えたおおはたが目指したのは、<かすれた色の先の 静かな余白をみて おれがやりたいのはこういうことなんだ>と歌う「余白の余韻」の表現そのままなのだろう。
そして、そんなおおはたの表現を、自在に演奏に変えていくバンドの演奏が見事だった。糸井重里が歌詞を書いた「ろば」では3人はまるで旅回りの一座に見えたり、中国語タイトルの「我們是朋友(ウォーメンスーポンヨウ)では、あらゆる音が混じり合う異国の港を見たり。音楽表現の厚みや深さは、楽器の数や音数、音の大きさに依らないのだということを教えてくれる。
ライヴの終盤は再びカヴァータイム。ファンには定番となったムッシュかまやつの「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」では、ざらっとした疾走感のあるギターが、一つの生き方の指針が込められた歌詞を際立たせる。その勢いのまま、ジミヘン「パープルヘイズ」から、ブルースなアレンジのクラムボン「はなればなれ」へ。さまざまな風景をくぐり抜けてライヴの最後を飾ったのは、ボブ・ディランの日本語カヴァー「ライク・ア・ローリング・ストーン」。
作品の発表の場としてのライヴがある一方で、「自分勝手に弾き語るように歌いたい」と考えるおおはたにとっては、今の自分そのものを表現する場なのかもしれない。そしてそれはまた、観客にとってもすばらしい音楽体験の場であるのだと、改めて実感したライヴだった。
Text : Ayumi Tsuchizawa
Photo : Daisuke Ishizaka (Hatos)